東京地方裁判所 昭和40年(ワ)6055号 判決 1966年11月24日
原告 株式会社東京相互銀行
右訴訟代理人弁護士 林徹
被告 川村幸雄
右訴訟代理人弁護士 松崎勝一
被告 野田一男
主文
被告野田一男は、原告に対し、
(1) 金五、〇〇〇、〇〇〇円とこれに対する昭和三九年八月九日から支払済みにいたるまで日歩金五銭の割合による金員
(2)~(17)まで<省略>
原告の被告川村幸雄に対する請求を棄却する。
訴訟費用中原告と被告川村幸雄間に生じた部分は原告の負担とし、原告と被告野田一男間に生じた部分は被告野田一男の負担とする。
この判決は原告勝訴部分に限り仮に執行することができる。
事実
原告訴訟代理人は、「被告川村幸雄、同野田一男に連帯して主文第一項掲記の金員を支払え。訴訟費用は被告らの負担とする」旨の判決ならびに仮執行の宣言を求め、請求の原因として、
一、訴外株式会社東進(その当時の商号は日本通産株式会社で本訴提起当時は凹型モノレール株式会社と、本訴係属中に株式会社東進と商号を変更した。以下単に訴外会社という。)と原告は、昭和三八年九月二〇日、訴外会社の振出、裏書、引受および保証にかかる約束手形および為替手形にしてその原因如何を問わず、原告の取得したものについては手形債務を履行する、原告の取得した手形が支払拒絶となった場合は原告の都合により拒絶証書作成、償還請求の通知その他権利保全に関する法律上の手続を省略しても異議なきこと、およびこれらの手形についての遅延損害金は日歩金五銭の割合で支払う旨の手形取引約定を締結し、同日被告らは右約定に連帯保証した。
二、原告は右の手形取引約定にもとづいて、別紙約束手形目録記載の約束手形四三通を拒絶証書作成義務の免除を受けて裏書譲渡を受け現に所持している。
三、ところが、原告において別紙約束手形目録記載六および八をのぞくその余の約束手形を各支払期日に、同目録記載六の各約束手形は昭和三九年一一月四日に支払場所に呈示して支払を求めたが支払を拒絶された。同目録八の約束手形については差出人である訴外ダイヤバック株式会社において八の(一)の手形金の内金一五〇、〇〇〇円を昭和三九年九月一五日、内金一五〇、〇〇〇円を同年一〇月一四日に支払ったがその余の支払をしない。
四、よって、原告は被告らに対し、別紙約束手形目録一ないし一七記載の約束手形金(ただし同目録八、(一)の金一、五〇〇、〇〇〇円のうち元本内入済の金三〇〇、〇〇〇円を除く)および各約束手形の支払期日の翌日以降支払済みにいたるまで(ただし同目録八、(一)の約束手形金については金一、五〇〇、〇〇〇円に対する昭和三九年九月一日から同月一五日まで、内金一、三五〇、〇〇〇円に対する同月一六日から同年一〇月一四日まで、内金一、二〇〇、〇〇〇円に対する同月一五日から支払済みにいたるまで)前記手形取引約定にもとづき日歩金五銭の割合による遅延損害金の支払を求めるため本訴請求に及んだ。
と述べ、
証拠として<省略>。
被告川村幸雄訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。」旨の判決を求め、答弁として
一、原告と日本通産株式会社に原告主張のような手形取引契約がなされていることを被告川村幸雄は全く知らなかった。被告川村幸雄は、日本通産株式会社ないし凹型モノレール株式会社を全く知らないし、原告から控訴保証人になることをすすめられたこともなければ通知を受けたこともない。もし、被告において同会社の連帯保証人となる旨の約定書が作成されているとすれば、何人かによって被告の印鑑が乱用されたものである。
二、本件手形取引約定は、最高限度額の取極めもなければ、債権者と債務者間の手形取引から生ずる債務についてだけでなく債権者が第三者との取引によって取得した債務者の振出、裏書、引受および保証にかかる手形についても保証人が責任を負うというものであり、かつまた取引期間の定めや、取引についての保証人に対する通知や連絡等の手続的規制もなく連帯保証人に対して不測の莫大な責任のみを負わせる結果となるものであるからこのような内容を定めた連帯保証の約款は信義誠実の原則に反するが、または無思慮窮迫に乗じて連帯保証人に不当な不利益を与えるもので無効であるというべきものである。
と述べ、
証拠として被告川村幸雄本人尋問の結果を援用し、甲(イ)第一三号の一ないし三の成立ならびに甲第一号証中の被告川村幸雄名義の印影が被告川村の印章によるものであることは認めるが、右文書は被告川村の印章が何人かに冒用されることによって作成された偽造文書である、甲第一号証のその余の部分ならびにその他の甲号各号証の成立は不知、と述べた。
被告野田一男は公示送達による呼出を受けながら本件口頭弁論期日に出頭せず答弁書その他の準備書面も提出しない。
理由
一、弁論の全趣旨により訴外株式会社東進(当時日本通産株式会社)作成部分は真正に成立したものと認め得る甲第一号証(手形取引約定書)ならびに証人平岡康正の証言によれば、原告と日本通産株式会社との間に昭和三八年九月二〇日原告主張のような手形取引約定が成立していたことが認められ、この認定を左右するに足る証拠はない。
二、そこでまず被告川村義雄が、日本通産株式会社が右の約定にともない原告に対して負担することあるべき債務について連帯保証をしたかどうかについて検討することにする。
前記甲第一号証(手形取引約定書)を調べてみると、原告と日本通産株式会社代表取締役白須米雄間の原告主張にかかる手形取引約定の趣旨が記載されている約定書の末尾に「前記本文契約に対し下名等は連帯保証人となり万一本人において各条項の不履行の節は遅滞なく私共においてその責に任じます」旨の連帯保証を約する文言および「住所」「連帯保証人」なる字句が活字で印刷されている、連帯保証人の住所氏名の記入欄に、白須米雄、被告野田一男の氏名に続いて被告川村幸雄の氏名が手記され、その名下に被告名義の印影が押捺されていることが認められるところ、被告川村幸雄においては右の印影が被告の印章によるものであることを自認し、しかも成立に争いのない甲(イ)第一三号証の三によると右の印章は、被告川村幸雄が、東京都府中市に届出済みの印章すなわち実印であることが明らかに認められるのである。してみると、反証のない限り、右手形取引約定書中の連帯保証人の署名および捺印は被告川村幸雄の意思にもとづいて記入されたものと認めるべく、もって原告、被告川村幸雄間の連帯保証に関する約定が有効に成立したものと解すべきものであるけれども、被告本人尋問の結果中には、被告は昭和三八年九月当時株式会社ニュープラスチックスの代表取締役に就任していて白須米雄および同人の経営にかかる東京電気精器株式会社とは取引関係があったが、原告、日本通産株式会社とは全く取引関係もなく、野田一男とは全く面識もなかったもので甲一号証のような手形取引約定書が作成されていたことは本件訴状の送達を受けてはじめて知ったところであり、右約定書に記載されている被告の氏名は被告の自署によるものでなく、当時被告の実印は株式会社ニュープラスチックスの経理課に保管していたもので何人によって冒用されたか見当がつかない旨の供述が存するのである。右供述はそれ自体としては反証としての信用性に乏しいといわざるを得ないけれども、他方において、証人平岡康正の証言によると原告と日本通産株式会社との取引は殆んど同会社の専務取締役と自称する被告野田一男によってのみ行なわれて居り、本件手形取引約定書も同人によって原告に提出されたことが推認されるのであるけれども、弁論の全趣旨によれば、日本通産株式会社は、その代表取締役が白須米雄(昭和三八年九月三日より同年一二月三〇日まで)、菊地与吉(昭和三九年四月一五日辞任)、楠瀬常猪(同年八月一日同会社解散により退任)と変更され、更に清算人も石井一郎(同年八月二八日辞任)から北添常十郎(同年一二月一一日会社存続決議により退任)と交替し、更に会社存続決議後商号を株式会社内国興産と変更して代表取締役に秋葉寿雄が就任したのち、昭和四〇年三月一〇日商号を凹型モノレール株式会社と変更し、同年八月八日更に株式会社東進と商号を変更し、代表取締役を藤貫陽と定めたが同年一〇月二六日芝村正晴と変更しているなど、商号、営業目的、代表取締役および取締役、本店所在地が転々と変更されていることからして、到底正常な経営状態にある会社とは窺えないことに加え、証人平岡康正の証言によっても、原告会社がその深川支店において同支店長の友人が日本通産株式会社に関係があるとの事情により取引を開始し、約四、〇〇〇万円にわたる融資を行いながら、同会社ならびに被告川村幸雄等の連帯保証人の信用状態を十分に調査したとは認められないなど、前記原告、日本通産株式会社間の取引については、取引の通念にてらし疑惑を抱かしめる点が多く、さらに弁論の全趣旨によれば、右取引の衝にあたった被告野田一男は現在株式会社東進の取締役の就任登記を経由していながら所在不明になっている事情も認められ、また白須米雄も分離前の共同被告として同人名義の前記連帯保証人欄の記名押印が同人の意思にもとづかずに何人かによって作成されたことを主張して原告と抗争していることも認め得るのである。
叙上認定にかかる事情をあれこれ考えると、前記被告川村幸雄の本人尋問の結果も無下に斥けがたいものがあるといわざるを得ないことになり、結局同被告名義の前記手形取引約定書の署名押印は、同被告の意思にもとづかずに作成された疑いがあることに帰するというべきところ、他にこの疑いを払拭して原告、被告川村幸雄間に原告主張の手形取引に関する連帯保証の約定が真正に成立したことを認めさせるに足る証拠は存しないのである。
してみると、原告の被告川村幸雄に対する請求はその余の判断をするまでもなく理由がないと言わざるを得ない。
三、つぎにその方式および趣旨により公務員が職務上作成したものと認められるから真正な公文書と推定すべき甲第一三号証の二、証人平岡康正の証言により真正に成立したものと認める甲(イ)第二号証ないし同第一二号証の各一、二、甲(ロ)第二号証ないし同第八号証の各一、二、同第九号証ないし同第一一号証、甲(ハ)第二号証ないし同第九号証の各一、二、甲(ニ)第二号証ないし同第四号証の各一、二、同第五号証、同第六号証、同第七号証の一、同第八号証、同第九号証の各一、二、同第一〇号証ないし同第一四号証の各一、二ならびに同証書、弁論の全趣旨および証人平岡康正の証言により日本通産株式会社ならびに被告野田一男の作成部分が真正に成立したものと認める甲第一号証によれば、原告の被告野田一男に対する請求原因事実を認めることができ、この認定を覆えすに足る証拠は存しない。
四、よって原告の被告野田一男に対する請求は正当として認容すべきであるが、被告川村幸雄に対する請求は失当として棄却さるべきであるから<以下省略>